借金を重ねてとうとう自己破産に。でもホッとしました・・・。

私は40代、男性、会社員です。何を隠そう、私は40代になった今でも独身で、それだけでなく今まで女性ときちんとお付き合いをしたことがないのです。

とにかく、40代にもなって独り身の男というものは寂しすぎます。夜になると優しい女性と接したくて夜な夜な街に繰り出していました。最初のうちは女の子のいるスナックなんかに行っていたのですが、だんだんそれでは満足出来ず、もっと綺麗で女性と触れ合えるキャバクラに行くようにもなってしまいました。初めてキャバクラに行った時には世の中にこんな天国みたいな所があるのかと思ってしまったんです。それはそれは綺麗な女性がたくさんいて、しかも自分に優しくしてくれます。私はすぐにキャバクラにハマってしまいました。

そしてそこで出会った女の子に恋をしてしまい、それからというものの、毎日のようにそのキャバクラに通うようになったのです。けれどキャバクラ嬢など簡単に自分になびいてくれる訳がありません。気がつけば私はキャバクラに通うお金、そしてその女の子に貢いだお金でとんでもない金額の借金をしてしまっていました。

その借金はなんと800万円です。銀行のカードローン、消費者金融、そして最後の方では闇金からもお金を借りるようになってしまっていました。

最初のうちは仕事もしているし、すぐに返せると思い、銀行のカードローンを利用していたのですが、だんだんと返済日にお金が足りない状態になり、それを解決するために新しい先で借金を重ねるという感じになってしまったのです。そして銀行や消費者金融では限度額が一杯になっていたり、新規の融資が通らない状態になり、返済に行き詰まった私は街中の電柱に貼ってあった広告を見て闇金に手を出してしまいました。闇金からお金を借りると次から次へと融資をするという連絡がスマホにかかってくるようになり、その言葉に誘わられるがまま、私は借金を重ねていきました。

で、気がついたら借金総額が800万円という、到底返済不可能な状態になってしまったのです。ここまで多重債務者になるとそれこそ毎日が返済日になってしまいます。もちろん、手元にはお金なんかないので、借りたお金を返すことなんか出来ません。私は毎日、スマホにかかってくる電話に怯える生活を送っていました。

今思えば、私は毎日の返済日に追われていた時は精神的に病んでいたと思います。ある時、街をふらふら歩いていると債務整理の広告が目に入ってきました。以前は全然気にしていなかった広告ですが、その時は私には天から舞い降りてきた助けのように思えたのです。その広告は弁護士事務所のものでした。私はすぐにその広告に書いてある連絡先に電話をし、今すぐに相談に乗って欲しいとお願いをしました。すると、借金の全容がわかる資料を持って事務所に来るようにとのことです。私は返済の明細が分かる資料を全て携えて弁護士事務所のドアを叩いたのです。

弁護士先生に私の状況を見てもらうと、もはや、私の収入からすると自力で再建することはまず無理だろうと言われました。この状況から判断して、解決する方法は自己破産だと言うのです。自己破産といえば、一切の財産を手放すことになり、社会人としてもはや世間からは認められない存在になることを意味します。けれども、私は毎日の返済日に追われる生活から解放されると思うと、自己破産こそが私のこれからの未来を切り開いてくれる手続きだと思ったのです。私はすぐに弁護士先生に自己破産手続きをお願いしました。結果、諸々の手続きを経て、私の自己破産手続きは完了しました。

手続きの際、私は裁判所などに行ったのですが、そこで初めて自分の愚かさに気がついたのです。

800万円もの借金を抱えてしまい、毎日の返済に追われていた時は精神的にも参ってしまい、まともに仕事も出来ないようになっていました。ですからあの時、自己破産手続きをしなければ、仕事も失い、借金も減らないという負のスパイラルに陥っていたと思います。ですから、やっぱり自己破産をしたことはとても良かったと思います。

今では、それまでの人生を反省して真面目に生活をしています。今の世の中、お金を借りることはとても簡単に出来ます。けれど借りすぎると本当に返すことは借りることとは裏腹にとても難しくなってしまうのです。みなさんもカードローンの使いすぎなどには十分に気をつけてくださいね。

貸与型奨学金は無利子でも返済が必要な借金

進学に必要な奨学金 返済まで考えて

私は高校、大学と奨学金を借りて学びました。

高校の奨学金は私が知らないところで借りることが進められており、高校の途中まで奨学金の貸与を受けていることすら知りませんでした。既に高校で奨学金を借りているので、大学への進学を考えるためには奨学金の貸与が必要でした。

給付型奨学金や公務員の大学校に入学できるだけの成績はなく、大学に合格すると一般的な利子なしの奨学金を受給しました。高校は月1万円の奨学金で高校卒業後5年以内に返済、大学は月2万の奨学金で卒業後10年以内に返済する条件でした。高校と大学で借りた二つの奨学金をあわせると総額136万円の借金を抱えて社会人となり、自分で奨学金を返済することになりました。

返済計画を作成し、借金返済し完済へ

奨学金の貸付元からは返済計画を求められます。返済期限内であれば返済計画の自由度はありますが、返済が滞ると次の奨学金貸与予定者に支障が出ることの連絡はありました。就職する前から返済計画を作成したので、就職後は返済計画に合わせて収入から先取りしました。一番厳しいのは1年目です。

高校時代の奨学金は高校卒業後5年以内の返済条件であり、大学に進学した場合の返済猶予はありません。最低でも、社会人1年目で36万円返済する必要があります。大学時代の奨学金は9年で返済計画を作成しました。1年目に3万円、2~8年目はボーナスで返済することを想定して各6万円で年12万を返済、9年目は残額9万円を返済する計画です。

まず考えたことは、1年目は生活に支障なければ車は持たないこととボーナスの手取り額はすべて奨学金の返済に充てることでした。手持ちの預金が20万円ほどあったので、ボーナスの返済に不足分は預金から下ろして支払い、返済のためのローンは組まずに対応できました。1年目は車なしの生活で乗り切り、2年目に車を保有しましたが、奨学金の年間支払額も減ったことからボーナスの手取り額から奨学金の支払いができました。

収入は奨学金返済優先で次に預金確保を進めることで、5年目で奨学金返済の目処が立ちました。奨学金返済の目処はたったものの、繰り上げて返済することはなく、当初の計画通り9年で返済し、社会人9年目でやっと借金生活を脱しました。

私の場合、収入が減ることなく返済が遅延することはありませんでしたが、返済するために十分な収入が得られない場合、返済を猶予できる貸付先もありますので、収入の状況によっては貸付先と相談することも選択肢として考えてみてはいかがでしょうか。

奨学金は必要最低限で

貸与型の奨学金は借金です。

借りる人や利用する人が借りる前によく話し合って、返済者や返済方法についても考えた上で、決めることをお奨めします。収入が少ない家庭には給付型の奨学金が選択肢として利用できます。まず、給付型の可能性を探り、次に貸付型を検討してみてはいかがでしょうか。奨学金を利用することは、収入が少ない人でも高等教育を学べる利点があります。

学業をおろそかにせず、自分の身の丈にあった奨学金を借り受けて、自分の可能性を大きいものとして下さい。貸与型の奨学金を借りるときは、借金なので必要最低額にするよう気を付けましょう。

母親が末期がんなのにソープ嬢にはまって100万借金した話

親が入院をした。

末期のガンだそうだ。もう助からないって。入院している病院は家から2時間弱。
毎日話をしに仕事帰りに通った。話せる時間が残り少ないから、少しでも彼女を安心させたいと。
大丈夫だよ?あなたがいなくてももう大丈夫な歳だから、もう頑張りすぎないで楽になってほしい・・・

そう思い、その日も病院の面会時間ギリギリまで居て病院を出る。

また明日来るね。と声をかけ、帰路につこうと思った・・・が、ムラムラする。
さっきの看護師のお姉さんの姿に、いけない妄想をしていたんだ。全然大丈夫な歳ではなかった。

ソープへ行った。今日はたまたま人気No1の子がキャンセルになって空いているらしい。
こんなことは本当にないんだとボーイさんが言うので即決。

No1というだけあって最高のサービスを受けた。

その子は本当に予約がとれず、出勤日は朝1で電話しても予約が取れない日だってあった。
病院には毎日通う、ソープには週一で、時にはその子じゃない子にも通いだした。

お金が無いわけではなかったがジリジリと貯金が底をついていく、
手を出したのは消費者金融。最初は10万、上限枠が少しずつ30万、100万となった。

典型的な借金地獄である。

ある日母親は居なくなった。残ったのは100万の借金。まだ誰にも知られていない借金。

遺産は父親が管理しているので手を付けられない・・・

むしろそれで厚生の道を歩めるようになった。

自力で切り詰めて返すしかないんだと思った。
煙草をやめた。月2万近くこれで浮く。
外食を可能な限り減らした、外でお酒を飲む機会も削った。
これでたばこと併せて月に5万近く浮くようになった。

料理をはじめてみた。
副作用で安い食材を探すようになった。
あちこちと走り回りながら、安く一品を作るのが楽しくなった。

ソープ断ちから数か月が経った時にもう一度お気に入りのあの子の所へ行って抜いた。
サービス内容は大満足、だけどもう同じ轍は踏まない。
学ばない奴は一生地を這う。適度に息抜きに来る場所なんだここは。
「目標の貯金額に達したらまた来るよもうすぐ通帳に1000万貯まるんだ」とかっこつけたが、
実際のところは借金を返済したら。借金を返し終わったらまた行こうと思っていた。

借金に関しては副業や夜勤をすることもなく、確実に少しずつ減らして行った。
1年ちょっとかかっただろうか?結構なんとかなるもんである。
お気に入りのあの子はもうお店をやめていた。

母親も居ない、お気に入りのソープ嬢も消えた、借金だって消えた。
もう何も残っていないような気がしたけど、健康な体と、毎日への希望が残った。
こんな言い方は変だが、借金をしてみて、経験して必死になってみて良かったと思う。
本来ならしなくていいのだが、あの時期に確実に人生の底をみた。

今借金に苦しんでいる人間がいるなら、もし間に合うなら、まずは返済を頑張ってほしい。
切り詰めて返済しきった後こそ、今後の人生の面白い選択肢が待っているから。

借金から学んだ「身の程を知る」ということ

私は、地元の高校を卒業後、あこがれていた東京の会社へと就職しました。

就職当時は食事付きの会社の寮に住み、給料が安いながらも何不自由ない生活を送っていました。
たまの週末には同僚と近くの居酒屋に飲みに行く事もありました。

当時はバブル経済の真っただ中で、入った会社も業績が昇り調子で、周りは浮足立った状況だったと思います。

上司からも、「金は使わなければ、入ってこない・・」旨の話をされた事もありました。
土地の単価と給料は、死ぬまで上がり続ける、という根拠の無い神話が存在しました。

その中で私も、次第に浪費の癖がついてしまいます。

身の丈に合わない生活が始まってしまいます。

年に1度の海外旅行、高級車・バイクの所有、量に食事が用意されているにもかかわらず、外食三昧の毎日でした。

会社の景気が良いウチは、さまざまな領収書が経費で落ちました。
ところが、私にはお金を蓄える感覚が無く、手元に残るはずの給料はすべて消えてしまいました。

そんな中、会社の業績も落ちてきました。

全く信じられない、減給という状況が訪れてきました。

しかしこれまでの生活を変えられない私は、借金へと手を出してしまいます。
当時付き合っていた彼女と二人でキャッシングに行ってからデートに行った経験もあります・・。

毎月、数万円の借金が習慣となっていましたが、それでも「次のボーナスで返済できる・・」とたかをくくっていました。
月々の返済に会社の給料だけでは足りなくなり、週末の夜にはアルバイトも始め、つないでいました。
しかし、そんな状況もいつまでも続かず、合計の借金が600万円となったとき、ついにそれ以上の借金が出来なくなりました。
首の回らない状況のなか、偶然電話BOXの張り紙で「借金整理」の文字を見付けます。

闇金融からの勧誘もありましたが、ある弁護士の先生を紹介されました。
先生からの助言により、初めて現実の自分を見直す事が出来ました。

先生に依頼して「和議」の手続きをとって貰いました。
これまで借りて返済を続けていた業者4社と話し合って頂き、金利をカット・残額を明確にして頂き、月々の返済額を5万円として貰いました。

自分の現在の収入から、家賃・食費・諸経費を割り出し、無理のない返済額となりました。

その頃には仕事も変え、新しい生活を始めました。

その後結婚する事も出来、今は幸福な生活を、自分の身の丈に合わせて送る事が出来ています。
「身の程を知る」事が大事な事を、痛感しています。

過酷な借金生活を2年ほど続けて体を壊した

消費者金融に借金をしだしたのは、私が21歳の時です。会社員であった私は、一人暮らしを始めました。一人暮らしをすると何かとお金がかかるものです。家賃、水道光熱費、通信費などなど、親元にいるよりもかなりのお金を消費してしまうのです。彼女がいなかった私は、デリバリーヘルスにハマってしまいました。

ワンルームマンションでの一人暮らしなので、給料が入るとデリヘル嬢を自宅に呼んで楽しむことが趣味になってしまったのです。

次第に毎月の給料だけでは満足できなくなって行きました。消費者金融に借金をする事になり、デリヘル遊びをしていたのです。今考えると、何てことをしていたんだと思いますが、当時はそれに夢中であったのです。借金の額はだんだんと増えて行きました。消費者金融数社からお金を借りて、総額が400万円ほどになりました。毎月の返済額が10万円位になり、生活が困窮しだしたのです。当然私の給料だけでは返済し生活する事は困難でした。給料の半分が返済に消え、家賃、水道光熱費などを払うと手元には微々たるお金しか残らなかったのです。その為、食費を削るしか方法はなかったのです。体重もどんどん痩せていき、生きる気力さえも無くなって行きました。会社の先輩におごってもらったり、実家からの仕送りだけが頼りであったのです。

食費だけではなく、電話や電気も止められたことが何度もありました。電気を止められると給湯器を使う事が出来ないので、真冬でもシャワーは水で浴びる羽目になります。栄養不足も重なって風邪を良く引いていました。そんな生活が2年ほど続いた時、私は仕事中に倒れたのです。原因は栄養失調です。入院を余儀なくされ、数日間点滴を打たれました。両親は心配してお見舞いに来てくれました。私の痩せ細った姿を見て驚いていましたが、借金がある事は言い出せなかったです。退院してからなぜこんなことになったのかと両親に問い詰められ、借金がある事を告白したのです。両親は借金を肩代わりするから、毎月出来るだけ返済をしてくれと言いました。本当に情けなかったです。

借金をする事は良い事ではありません。

私は自己満足の為に借金をしてしまいました。短絡的な考えと行動が引き起こした結果です。その為、両親や会社の先輩に大変迷惑をかけることになったのです。出来る事なら借金はしない方が良いでしょう。利息を払うだけでももったいないと思っておいた方が身の為です。長期間の利息はとてつもない金額になってしまいます。それと、一度借金をしてしまうと癖になってしまう事があるようです。私はその後も何度か借金をしてしまいました。他の人に迷惑をかけることはありませんでしたが、お金が無くなったら借金をすれば良いと言う考えが頭の隅にあるのです。住宅ローンや車のローンなども借金の一部ですが、金利が安いですし自己の資産になります。キャッシングは何のメリットも感じる事はありません。皆さんもキャッシングをする際は良く考えて下さい。

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